<抄録>
半側空間無視は,脳卒中後の一般的な後遺症の一つであり,リハビリテーションを実施する際にも,対象者の問題点の一つとなりうる事象である.この半側空間無視に対するリハビリテーションに関するエビデンスについて,一般的に療法士はどの程度の理解を持っているのだろうか.本コラムにおいては,一般的な半側空間無視に対するリハビリテーションの現在と,それらに対する療法士の現在の認識について,解説を行っていく.
1.脳卒中後に生じる半側空間無視に対するリハビリテーションプログラムに関する最近の知見と実践
『半側空間無視は,損傷した大脳半球の反対側の空間において示された刺激に対して,反応や報告ができない障害であり,その原因を感覚障害や運動障害によって説明できない現象』とHeilmanら1は定義している.また,Andradeら2も,半側空間無視は,脳卒中や変性疾患といった中枢神経障害の後に発症し,多面的な障害を伴う障害であると述べている.
半側空間無視の発生率は,研究報告によって大きく異なるが,これらのばらつきは集団によって,12%から95%まで認められると報告されている3.このように半側空間無視の発生率に腹次があるのは,調査する集団の異なり,半側空間無視の定義の違い,半側空間無視を特定する評価方法の違い,半側空間無視症状の異質性など,多くの要因によるものとも報告されている4.
しかしながら,多くの脳卒中患者において,半側空間無視の症状は重症度にかかわらず,慢性的に持続しており,姿勢バランス5をはじめとした日常生活活動6や機能的移動性7,生活(生命)の質8,入院期間9に至るまで,リハビリテーションに関するほぼ全ての活動において,悪影響を及ぼすものとされている.
半側空間無視を改善するためのいくつかのアプローチ方法が複数の研究者によって提示されている.半側空間無視に対するアプローチには,ボトムアップ型とトップダウン型に大別される10.アプローチ方法は、ここ数十年の間に、従来型の保守的なアプローチから、複数の治療方法を組み合わせた技術の使用へと変容しており,プリズム適応,併用療法、拘束性運動療法(CIMT),経皮電気神経刺激(TENS),経頭蓋磁気刺激,バーチャルリアリティ,視覚走査運動、体幹回転運動などの手法が開発され,検討がなされている.
現在,脳卒中治療ガイドラインにおいては,半側空間無視に対するケアは,脳卒中後の重要なアプローチの一つであり,障害像の全体を把握するために,時間をかけたスクリーニングと診断が推奨されている11.しかしながら,スクリーニングの方法に関するプロトコル等は特に設定されとらず,脳卒中後の半側空間無視に関するケアと管理については,理論と実践の間に大きなトランスレーショナルギャップが存在すると考えられている12.
例えば,Umeonwukaらは,南アフリカの療法士に対して,半側空間無視の知識に関するアンケート研究では,25点満点中(半側空間無視に対しるアプローチとエビデンスについての理解が高ければ高いほど高い点数が示される),14点台にとどまったと報告している.その内訳としては,1)半側空間無視の定義については良好,2)半側空間無視の発生,原因,スクリーニング,診断,予後に関する知識については中等度,3)半側空間無視に対するケアや管理に対するエビデンスを基盤としたアプローチに関しては,不十分,というような結果であった.また,回答者の年齢および経験年数と半側空間無視に関する知識の間には,有意な低い相関が認められたとも報告している.また,アプローチ方法として,もっとも多く利用されたものは,CIMTであり、もっとも利用された評価は,櫛と剃刀といった道具使用検査であった.
2.まとめ
これらの結果から,半側空間無視に対するアプローチに関する知識は,臨床において,まだまだ適正に運用されているとは言い難い.今後,ガイドライン等の知見について,臨床家の目に触れる機会をさらに拡充していく必要があるかもしれない.
引用文献
1.Heilman, K.M., Valenstein, E. & Watson, R.T., 2000, ‘Neglect and related disorders’, Seminars in Neurology 20(4), 463–470.
2.Andrade, K., Samri, D., Sarazin, M., De Souza, L.C., Cohen, L., De Schotten, M.T. et al., 2010, ‘Visual neglect in posterior cortical atrophy’, BMC Neurology 10(1), 10. 10.1186/1471-2377-10-68
3.Robertson, I.H. & Halligan, P.W., 1999, Spatial neglect: A clinical handbook for diagnosis and treatment, Psychology Press/Taylor & Francis, UK.
4.Ting, D., Pollock, A., Dutton, G., Doubal, F., Ting, D., Thompson, M. et al., 2011, ‘Visual neglect following stroke: Current concepts and future focus’, Survey of Ophthalmology 56(2), 114–134.
5.Van Nes, I.J.W., Van Kessel, M.E., Schils, F., Fasotti, L., Geurts, A.C.H. & Kwakkel, G., 2009, ‘Is visuospatial hemineglect longitudinally associated with postural imbalance in the postacute phase of stroke?’, Neurorehabilitation and Neural Repair 23(8), 819–824.
6.Vossel, S., Weiss, P.H., Eschenbeck, P. & Fink, G.R., 2013, ‘Anosognosia, neglect, extinction and lesion site predict impairment of daily living after right-hemispheric stroke’, Cortex 49(7), 1782–1789.
7.Berti, A., Smania, N., Rabuffetti, M., Ferrarin, M., Spinazzola, L., D’Amico, A. et al., 2002, ‘Coding of far and near space during walking in neglect patients’, Neuropsychology 16(3), 390–399.
8.Sobrinho, K.R.F., Santini, A.C.M., Marques, C.L.S., Gabriel, M.G., Neto, E.D.M., De Souza, L.A.P.S., Bazan, R. et al., 2018, ‘Impact of unilateral spatial neglect on chronic patient’s post-stroke quality of life’, Somatosensory & Motor Research 35(3–4), 199–203.
9.Hammerbeck, U., Gittins, M., Vail, A., Paley, L., Tyson, S.F. & Bowen, A., 2019, ‘Spatial neglect in stroke: Identification, disease process and association with outcome during inpatient rehabilitation’, Brain Sciences 9(12), 374.
10.Marshall, R.S., 2009, ‘Rehabilitation approaches to hemineglect’, Neurologist 15(4), 185–192.
11.Winstein, C.J., Stein, J., Arena, R., Bates, B., Cherney, L.R., Cramer, S.C. et al., 2016, ‘Guidelines for adult stroke rehabilitation and recovery: A guideline for healthcare professionals from the American Heart Association/American Stroke Association. Stroke 47(6), e98–e169.
12.Checketts, M., Mancuso, M., Fordell, H., Chen, P., Hreha, K., Eskes, G.A. et al., 2020, ‘Current clinical practice in the screening and diagnosis of spatial neglect post-stroke: Findings from a multidisciplinary international survey’, Neuropsychological Rehabilitation 31(9), 1495–1526.
13.Umeonwuka, C. I., Roos, R., & Ntsiea, V. 2022. Current knowledge and practice of post-stroke unilateral spatial neglect rehabilitation: A cross-sectional survey of South African neurorehabilitation physiotherapists. The South African Journal of Physiotherapy, 78(1).
<最後に>
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