<抄録>
『太い幹がなければ末梢の枝葉は伸びない』と言った誰が言ったかわからない、しかしながら,都市伝説のような格言は、随分昔から療法士界隈ではまことしやかに囁かれている。実際に、療法士は末梢の機能に介入するよりも優先的に、より体幹、上肢の中枢部に対して、経験的にも介入を行っている。本コラムでは、療法士が無意識的かつ経験的に使用している、体幹に対する介入が上肢の機能改善に影響を与えるか否かについて、最近の治験等を踏まえながら解説を行う.
1.脳卒中後の上肢麻痺における体幹に対する介入の意味
脳卒中発症後50%の対象者に上肢や手の機能障害に関する障害が残存すると言われている1.また,脳卒中後の手指・上肢の麻痺は実生活の問題に直結することが多く,多くの対象者のQuality of lifeの低下に関与する可能性があると報告されている.さて,これらの観点からも脳卒中後の手指・上肢の麻痺については,解決するための早急な介入が必要であると考えられている.そこで,伝統的に考えられている手法の一つに,『末梢に対する介入を行う前に,近位に対する介入を実施する』という介入戦略がある.
臨床の療法士が,介入を行う際に『太い幹がなければ末梢の枝葉は伸びない』と言った比喩がある.この言葉は,誰がどう言った場所で発言したかについては確かではないが,都市伝説のように,療法士の間で語り継がれている.しかしながら,実際に,先行研究でも,人体全体の安定性は,バランス自体を維持するための基礎的な部分であり,身体の一部を使った選択的な協調運動を可能にすると基礎研究等で報告されている2-7.
身体の安定性には,1)インナーマッスルの適切な張力と動き関連する関節中枢部の安定性と,2)体幹自体の安定性があげられることが多い.特に体幹に対する介入で有名なボバース 概念では,安定した体幹は,四肢の全ての関節運動のカウンターバランスを取るとも考えられている7, 8.特に,ヒトの手関節や手指の動きに関しては,体幹の安定性そのものが,協調的な動きを可能にするとも,バイオメカニズムの計算モデルの上でも定義されている9.特に、先行研究では身体よりもより離れた場所にリーチする際には体幹の機能がより必要なこと10や,手指でより強い力を発揮するためには,手指よりも近い部位である前腕関節の固定性が重要であると言った知見10も報告されている.また,手指・上肢に対する介入においては,体幹の固定性と並び,肩甲骨の固定性の重要性も述べられている.脳卒中後の対象者の多くで,肩甲骨の固定性が低下していることから,これらの介入の優先順位は高いと考えられている11, 12.特に,肩甲骨の固定筋の中でも,肩関節外転,外旋,屈曲に役割を持つ,棘上筋に対する介入は重要と考えられており,留意すべき点である.
これらのように,脳卒中後の手指・上肢に対して,介入を行う際には,より近位部の固定性に対する介入が重要となる.Brunnsgromらも,より近位部分を物理的に固定した際に,手指の随意伸展が可能になると言った症状をSouque現象と紹介し,末梢の機能改善のための中枢部の固定性の重要性を述べている13.
2.体幹の固定性に対する最近の研究
Olczakら14は,背臥位にて、体幹および肩甲骨を固定し,肩関節屈曲0度,肘関節屈曲した状態で,手指の運動を随意的に表出する条件(固定条件)と,端座位にて,肩関節0度,肘関節屈曲90度の状態で,手指の運動を随意的に表出する条件(非固定条件)にて,脳卒中を呈した対象者の手関節および指の伸展の出現について,比較検討を行った.その結果,3指,4指,の5指における1秒間の屈伸の頻度と最大自動関節可動域において,固定条件群の方が,非固定条件群に比べて有意な結果を認めたと報告している.
また,同研究の中で,脳卒中の罹患がなく,対象者と同様の背格好を有した健常人においても,同様の条件間で比較検討を行っている.こちらの検討においては,すべてのアウトカムにおいて,固定条件群と非固定条件群の間で,有意な差は認めなかった.この結果から,体幹,肩関節における固定が,手指の操作能力に影響を与える可能性が示唆された.ただし,この研究結果を鑑みると,背臥位と座位と言った姿勢の問題が残存しており,この姿勢の違いが単純に指の可動性に深く関与する筋緊張の状況に影響を与えている可能性も考えられる.この点を吟味した上で,これらの結果を解釈する必要が考えられる.
引用文献
1.Lai, C.H.; Sung, W.H.; Chiang, S.L.; Lu, L.H.; Lin, C.H.; Tung, Y.C.; Lin, C.H. Bimanual coordination deficits in hands following stroke and their relationship with motor and functional performance. J. Neuroeng. Rehabil. 2019, 16, 101 Behm, D.G.; Drinkwater, E.J.; Willardson, J.M.; Cowley, P.M. The use of instability to train the core musculature. Appl. Physiol. Nutr. Metab. 2010, 35, 91–108.
2.Hibbs, A.E.; Thompson, K.G.; French, D.; Wrigley, A.; Spears, I. Optimizing performance by improving core stability and core strength. Sports Med. 2008, 38, 995–1008.
3.Cotoros, D. Biomechanical Analyzes of Human Body Stability and Equilibrium. In Proceedings of the World Congress on Engineering 2010, WCE 2010, London, UK, 30 June–2 July 2010; Volume II.
4.Knudson, D. Fundamentals of Biomechanics; Kluwer Academics/Plenum Publishers: New York, NY, USA, 2003; pp. 178–188. ISBN 0-306-47474-3.
5.Lennon, S.; Baxter, D.; Ashburn, A. Physiotherapy based on the Bobath concept in stroke rehabilitation: A survey within the UK. Disabil. Rehabil. 2001, 23, 254–262.
6.Graham, J.V.; Eustace, C.; Brock, K.; Swain, E.; Irwin-Carruthers, S. The Bobath concept in contemporary clinical practice. Top. Stroke Rehabil. 2009, 16, 57–68.
7.Farjoun, N.; Mayston, M.; Florencio, L.L.; Fernández-De-Las-Peñas, C.; Palacios-Ceña, D. Essence of the Bobath concept in the treatment of children with cerebral palsy. A qualitative study of the experience of Spanish therapists. Physiother. Theory Pract. 2020, 1–13.
8.Luke, C.; Dodd, K.J.; Brock, K. Outcomes of the Bobath concept on upper limb recovery following stroke. Clin. Rehabil. 2004, 18, 888–898.
9.Jirsa, V.K.; Fink, P.; Foo, P.; Kelso, J.A. Parametric stabilization of biological coordination: A theoretical model. J. Biol. Phys. 2000, 26, 85–112.
10.Okunribido, O.O.; Haslegrave, C.M. Ready steady push—A study of the role of arm posture in manual exertions. Ergonomics 2008, 51, 192–216.
11.Hardwick, D.D.; Lang, C.E. Scapular and humeral movement patterns of people with stroke during range-of-motion exercises. J. Neurol. Phys. Ther. 2011, 35, 18–25.
12.Thigpen, C.A.; Shaffer, M.A.; Gaunt, B.W.; Leggin, B.G.; Williams, G.R.; Wilcox, R.B., III. The American Society of Shoulder and Elbow Therapists’ consensus statement on rehabilitation following arthroscopic rotator cuff repair. J. Shoulder Elb. Surg. 2016, 25, 521–535.
13.Brunnstrom, S. Movement Therapy in Hemiplegia: A Neurophysiological Approach; Harper and Row: New York, NY, USA, 1970.
14.Olczak, A.; Truszczynska-Baszak, A.; Influence of the passive stabilization of the trunk and upper limb on selected parameters of the hand motor coordination, grip strength and muscle tension, in post-stroke patients. J Clin Med 2021, 10, 2402
<最後に>
【11月26日他開催:脳卒中後の痙縮の病態理解と介入戦略】
痙縮や痙性麻痺の病態、評価、治療、管理に関して、臨床での意思決定に繋がる内容を全6回にわたり概説する。
hhttps://rehatech-links.com/seminar/21_10_08/
【オンデマンド配信:高次脳機能障害パッケージ】
1,注意障害–総論から介入におけるIoTの活用まで–
2,失認–総論から評価・介入まで–
3,高次脳機能障害における社会生活支援と就労支援
–医療機関における評価と介入-
4,高次脳機能障害における就労支援
–制度とサービスによる支援・職場の問題と連携–
5,失行
6,半側空間無視
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