<抄録>
ヒトの運動学習や行動学習において,報酬は非常に重要なものである.リハビリテーションにおける目標設定も報酬理論で解説されることが多く,重要な概念と位置付けられている.ただし,動物実験等の基礎研究においては,ドーパミンに由来した報酬理論の重要性が示されているものの,脳卒中後の上肢麻痺に対するリハビリテーションに関する臨床研究では,それらを示したものは皆無である.本コラムにおいては,ドーパミン由来の運動学習および行動学習に関する知識と,それらを応用した脳卒中上肢麻痺に対する臨床研究の結果について解説を行う.
1.報酬理論について
生物において,行動や運動を学習する際に,報酬は非常に重要な刺激と考えられている.ラット等の基礎研究においては,中脳の腹側被蓋野から一次運動野へのドーパミンの神経投射が,特に運動学習を進めるためには重要と言われている.ヒトにおいても同様で,報酬に関わるドーパミンの投射が,手続き学習や運動学習を促進し,適切な運動適応を導くと考えられている1-4.
これらは,臨床的なパフォーマンスにとどまらず,Functional MRIを用いたメカニズム研究においても,良好なパフォーマンスの後に,金銭的報酬を提供することにより,知識の定着が向上するとともに,腹側線条体の活性が高くなることも示されている3.
こういった試みは,リハビリテーションに関わる多くの分野で検証がなされている.上記の検証の多くは,健常人における研究がほとんどであるが,中には対象者に対して,実施している研究も認められる.例えば,脳損傷後に高い頻度で発症する『半側空間無視』に関する研究が,Malhotraら5によって実施されている.彼らは,半側空間無視を呈した対象者に対して,実験群と対照群にランダムに割り付けた上で,ターゲットの探索課題を用意した.実験群のターゲットはコイン(ポンド),対照群はコインと同じ大きさの金属のボタンを設定し,対象者に探索させた(コイン,ボタンは収集しただけ,対象者に与えられた).
その結果,実験群は対照群に比べ,有意に大きな学習効果をもたらしたと報告している(1度目の施行後のパフォーマンスの差は,両群の間に有意な差は認めなかったが,2回目の実施においては,実験群が対照群に比べ,有意な改善を認めた.この結果から,報酬は有意な学習効果に関与する可能性について考察されている).さらに,この研究では,実験群に割り振られた10名中2名の線条体を含む大脳基底核に損傷をきたした対象者において学習効果が低かったと報告した.こういった臨床研究の結果から,報酬が対象者の能力,そして運動・行動学習に良好な影響を与える可能性が示唆された.
2.脳卒中後の上肢機能練習における報酬の効果について
上記でも示したように,脳卒中患者における報酬の効果について,いくつかの障害を対象に検証が実施されているが,Widmerら6は,37名の亜急性期の脳卒中後上肢麻痺を呈した対象者において,報酬の効果について,検査者に盲検化を施したランダム化比較試験を用いて検証している.この研究では,両群ともに,バーチャルリアリティにおいて,対象物に対し,麻痺手を伸ばすといったゲームを練習課題として実施した.このゲームを実施する際に,報酬群にはゲーム上で提供される結果に対するパフォーマンスのフィードバックとともに,偶発的な確率で金銭的報酬を手渡した.一方,対照群には,偶発的な金銭的報酬は提供せず,結果に対するパフォーマンスのフィードバックを提供した.また,主要評価項目としては,ゲーム上で示される二次元到達空間の大きさとした.副次評価項目として,Box and Block test(BBT),Wolf Motor Function test(WMFT),Fugl-Meyer Assessment(FMA)の上肢項目を設定した.結果としては,介入前から介入後および3ヶ月後において,ゲーム上で示される二次元到達空間の大きさに関しては,二群間に有意な差は認めなかった.しかしながら,副次評価項目においては,BBTの介入後および3ヶ月後,FMAの上肢項目の3ヶ月後において,報酬群が対照群に比べ,有意な改善を認めたと報告している.これらの知見から,金銭を用いた外的報酬は脳卒中後上肢機能の改善に良好な影響を与える可能性が示唆されたと報告している.
引用文献
1.Wachter T., et al. Differential effect of reward and punishment on procedural learning. J Neurosci. Jan 14 2009;29(2):436-443
2.Abe M., et al. Reward improves long-term retention of a motor memory through induction of offline memory gains. Curr Biol. 2011;21(7):557-562
3.Widmer M, et al. Rewarding feedback promotes motor skill consolidation via striatal activity. Prog Brain Res. 2016;229:303-323.
4.Galea J. M., et al. The dissociable effects of punishment and reward on motor learning. Nat Neurosci. 2015;18(4):597-602
5.Malhotra P, et al. Reward modulates spatial neglect. J Neurol Neurosurg Psyshiatry 84: 366-369, 2013
6.Widmer. M., et al. Reward during arm training improves impairment and activity after stroke: a randomized controlled trial. Neurorehabil Neural Repair, online first, 2021.
<最後に>
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