<抄録>
脳卒中後の肩痛はHemiplegic Shoulder Pain (HSP)と呼ばれている.HSPに関連する病態として,肩におけるローテーターカフの損傷,癒着性被膜炎,肩(肩甲上腕関節)の亜脱臼,肩周辺の筋の痙縮によるもの,さらには肩手症候群等の中枢性の症候が考えられている.これらの症候が単独,複合,さらには他の病態を誘発することもあり,非常にアセスメントが難しいと考えられている.
Kailchmanらが提唱しているHSPの原因として,1)軟部組織の障害,2)運動制御の問題(痙縮・弛緩を含む筋緊張の問題),3)末梢神経系および中枢神経系の活動の変化に伴う痛み,が考えられている.本コラムでは,特に3)の中枢神経系の障害がHSPに与える影響について論述を行う.
1, Hemiplegic Shoulder Pain(HSP)における中枢神経系の役割について
HSPにおいて,中枢神経系の障害がもたらす最も大きな症候は,肩手症候群や複合性局所疼痛症候群(Complex regional pain syndrome: CRPS)が有名だが,それ以外の中枢神経系の障害に関連する現象としては,半側無視もしくは感覚障害,中枢性感作症候群(Central sensitization syndrome: CSS 中枢神経障害に伴う痛覚過敏を伴う症候),脳卒中後疼痛(Central poststroke pain: CPSP)などがあげられる.これらの問題と関連して,一次的もしくは二次的にHSPを発症することも少なくない.
2, HSPと半側無視および感覚障害について
複数の研究者は,半側無視とHSPの間に有意な関連性があると指摘している.Joyntらは,半側無視の結果,無視側半身への注意が散漫になり,何かにぶつける等による外傷が増加すると報告している.さらに,その外傷由来の痛みの質に対する認識が,半側無視によりなんらかの通常の病理とは異なる感覚が生じる可能性について,仮説を述べている.また,Suethanapornkulら2)は,固有感覚障害とHSPの間に有意な関連性を認めたと報告している.感覚障害とHSPの関連性については,未だにほとんどわかっておらず,さらなる研究が必要と考えられてはいるものの,感覚障害がHSPになんらかの寄与を果たす可能性が示唆されている.
3,HSPとCPSPの関係性
CPSPは代表的なものとして,視床疼痛症候群等が挙げられ,脳卒中後に髄質,視床,大脳皮質等の体性感覚に関わる経路がいずれかのレベルで損傷を受けた際に生じる神経障害性疼痛症候群である.CPSPは,損傷を受けた感覚領域の痛みが特徴的と言われており,脳卒中後に生じる他の原因による痛みと鑑別が非常に困難である.脳卒中患者は,脳卒中後の筋骨格系の痛み,神経障害性の痛み,痙攣性の痛みなど,CPSPと重なる可能性のある1つまたは複数のタイプの痛みを様々に組み合わせて有するも言われており,注意深く痛みの原因を調べることが重要である3).
4, HSPと中枢性感作の関係性について
中枢性感作は,特に慢性期における脳卒中患者では,HSPに関与している可能性が示唆されている.ただし,明確な関連性は証明されていないので,ここでは中枢性感作の病態を説明し,HSPとの関連性に関して述べる程度に留めておく.中枢性感作とは,中枢神経系の新開需要ニューロンが,正常または閾値以下の求心性入力に対して,反応性を高めることで痛みが生じる状態と定義がなされている3).Fischer4)は,筋骨格や神経因性病変に伴う慢性疼痛の発生について,対応する脊髄の髄節レベルにおける中枢性感作(脊髄感作: Spinal Segmental Sensitization [SSS])の発生が,それらの障害の原因である一つの可能性について提案している.また,SSSは脊髄分節前角の運動細胞を介して対応する筋の筋緊張に痙縮を生じさせ,筋痛を発生させる可能性がある.これらから,肩部の軟部組織および/または末梢神経損傷後の慢性的なHSPの発症には,脊髄および脊髄上の中枢性感作が関与しているという仮説が示されている5).こう言ったメカニズムから片麻痺の腕に感覚異常が見られる場合,HSPとCPSPは共存する可能性がある.
<引用文献>
1,Joynt RL: The source of shoulder pain in hemiplegia. Arch Phys Med Rehabil 1992;73:409-13
2,Suethanapornkul S, Kuptniratsaikul PS, Kuptniratsaikul V, Uthensut P, Dajpratha P, Wongwisethkarn J: Post stroke shoulder subluxation and shoulder pain: A cohort multicenter study. J Med Assoc Thai 2008;91: 1885-92
3,Klit H, Finnerup NB, Jensen TS: Central post-stroke pain: Clinical characteristics, pathophysiology, and management. Lancet Neurol 2009;8:857-68
4,Fischer AA: New approaches in treatment of myofascial pain. Phys Med Rehabil Clin North Am 1997; 8:153-69
5,Kaluchman L, Ratmansky M. Underlying pathology and associated factors of hemipkegic shoulder pain. American J Phys Med Rehabil 2011; 90: 768-780
<最後に>
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