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脳卒中後に生じるLearned non useと呼ばれる麻痺手の不使用という行動が身体や脳に与える影響について

UPDATE - 2021.10.18

<抄録>

 脳卒中後は一過性の疾患であり,急性期そして回復期を経ると再発しない限り,大きな症状の進行は存在しないと考えられているかもしれない.しかしながら,脳卒中発症後,麻痺や高次脳機能障害によって,今まで実施してきた活動や行動が不能になった際に,それらの行動に必要であった神経ネットワークは衰退し,身体機能は進行的に悪化することがある.脳卒中後に呈する上肢麻痺に関する領域では,この現象をLearned non use(学習性不使用)として報告している.本コラムでは,脳卒中後の上肢麻痺におけるリハビリテーションの中で,重要な因子の一つである学習性不使用について解説を行う.

     

1.脳卒中発症後に生じる麻痺手における学習性不使用(Learned non use)とは

 Taubらは,リスザルを用いた動物実験において,サルの前肢に連絡を持つ脊髄の後根を片側のみ切断することで感覚障害を作成し,その後のケージ内でのサルの生活行動を観察した.その結果,片側の後根を切断されたサルは,切断側に麻痺が存在するわけではなかったものの,何度か使用を試み,失敗体験を重ねた後に切断側上肢を使用しなくった.さらには,従来切断側上肢で行っていた活動について,非切断側上肢による非効率的な代償活動を多用し始めた.このように,なんらかの問題により,使用行動が阻害され,失敗体験が嵩むことで,行動が抑制されるといった現象を,Taubらは学習性不使用(Learned non use)と名付けた.学習性不使用が生じることにより,麻痺手の使用は極端に低下することから,麻痺手の廃用等が進み,麻痺手の機能は,より低下すると考えられている.従って,脳卒中後の皮質脊髄路等の麻痺手の運動や感覚に関わる領域の損傷によって生じる運動障害が一次性のものとするならば,その後に生じる学習性不使用による運動障害の悪化は,二次性のものと考えることができるだろう.

     

2.学習性不使用によって生じる脳の可塑性について

 学習性不使用によって生じる脳の可塑性について解説する前に,末梢の神経や運動器の損傷により,感覚入力が阻害され,不使用と類似した状況下における中枢神経の変化について解説を行う.脱神経や切断など末梢の変化により、脳の体性感覚や運動の体部位再現(マップ)が変化することが、いくつかの動物実験で既に明らかになっている。ヒトにおいても、経頭蓋磁気刺激、あるいは機能的MRIなどの非侵襲脳画像診断法を用いた研究において,知見が増えている.

 例えば,切断後の脳の可塑性変化は、Merzenich 2の有名な研究で最初に報告された。サルの第3指を切断すると、体性感覚野における体部位再現が変化し、第2指と第4指の領域が切断した第3指の領域を占めるように適応的な可塑性を示すと報告されている.また、ラットの顔面神経を切断すると、1~2時間のうちに顔面筋を支配していた運動野の一部の皮質を電気刺激によって,直接刺激することで,前肢の運動が誘発されたと報告がなされている.3 また、駆血装置を用いて作成した虚血により上肢を麻痺させると、駆血装置を用いて血流を停止した筋の近位に位置する筋を支配する運動野の領域が、麻痺後数分で一時的に拡大し、虚血中止後にもとに急速に元に戻るとも報告されている.4 。同様に、上肢切断患者の断端中枢側の筋の支配領域を磁気刺激で検討5すると、断端側の残存しているそれぞれの筋の運動野の領域は、対側である非切断側に比べ,より大きくなることがわかっている。
 以上は末梢の変化による脳の可塑性であるが、脳損傷後の可塑性変化も確かめられている。さらに、これらの事実は、身体の特定の部位を使用して運動学習を行うほど、その部位を支配する領域が拡大するような可塑性を脳がもっていることを示している。逆に、使用しないと皮質レベルでその領域が減少することが、足関節の固定による実験により報告されている5

 つまり,末梢神経の損傷や運動器の欠損,もしくは不使用によって感覚入力および運動指令の必要性とその頻度が低下すると,その領域に対応する運動野の支配領域は縮小もしくは消失し,機能低下をより進める可能性が,これらの知見を鑑みると理解することができる.従って,脳卒中後に生じる麻痺手の学習性不使用は,脳卒中によって生じた麻痺の程度を更に悪化する可能性がある.脳卒中後のリハビリテーションにおいては,この概念を正確に理解し,これらの予防に取り組むことで,二次性の機能悪化を最小限に止める必要がある.

     

引用文献

  1. 1.Taub E.: Somatosensory deafferentation research with monkeys implications for rehabilitation medicine. Behavioral Psychology in rehabilitation medicine, Clinical Applications: 1980;371-401
  2. 2.Merzenich MM, Nelson RJ, Stryker MP, Cynader MS, Schoppmann A, Zook JM.: Somatosensory cortical map changes following digit amputation in adult monkeys. J Comp Neurol. 1984;224:591-605.
  3. 3.Donoghue JP, Suner S, Sanes JN. Dynamic organization of primary motor cortex output to target muscles in adult rats. II. Rapid reorganization following motor nerve lesions. Exp Brain Res. 1990;79:492-503.
  4. 4.Brasil-Neto JP, Valls-Sole J, Pascual-Leone A, Cammarota A, Amassian VE, Cracco R, Maccabee P, Cracco J, Hallett M, Cohen LG. Rapid modulation of human cortical motor outputs following ischaemic nerve block. Brain. 1993 ;116: 511-25.
  5. 5.Liepert J, Tegenthoff M, Malin JP.Changes of cortical motor area size during immobilization. Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1995 ;97:382-6.

     

<最後に>
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