<抄録>
脳卒中後に高い割合で上肢の運動障害を生じる.しかしながら,この運動障害に関して,伝統的に『麻痺』という言葉で簡単に片付けられてきた.しかしながら,麻痺とは皮質脊髄路の運動出力および異常な共同運動パターンを伴う現象を指すのみで,それだけでは説明できない多くの症候に臨床において遭遇する事がある.本コラムにおいては,脳卒中後の運動障害の原因となりうる麻痺以外の症候について,検討を行い,論述する.第四回〜第六回にかけて,遂行機能と視認知との関係性について,解説を行う.
1.脳卒中後の上肢運動障害の対するリハビリテーションプログラムに認知機能が与える影響
脳卒中後に上肢運動障害を有する対象者において,認知機能の低下を有する対象者がしばしば認められる.そして,それらの認知機能障害は,運動学習や上肢運動障害やQuality of lifeの回復に大きな影響を与えると考えられている1.しかしながら,Everardらの研究によると,脳卒中後の上肢運動障害に対するプログラムの開発研究において,システマティックレビューの手続きにおいて,正確性が確保された66試験の内,認知機能を有する対象者を含んで登録していたのが10試験(約15%)であり,そのほかの50試験(約76%)では,認知機能の低下した患者をあえて対象者から除外されたと報告されている(残りの6試験は,認知機能が低下した対象者を試験に含んだかどうかが明記されていない).
このように,上肢運動障害の原因に認知機能障害が影響を与えるかについては不明な点が多い.しかしながら,近年の脳卒中後に生じた上肢の運動障害の予後予測に関する論文を鑑みると,認知機能障害が上肢運動障害の機能的・運動学的転帰において,負の予測要因となりうることが示されている3.これらのように,特定の認知機能障害という麻痺以外の症候によって,上肢運動障害が生じる可能性が示唆されている.
例えば,Aprileらの研究においては,ロボット療法を実施された対象者の予後を観察し,上肢運動障害の予後に影響を与えた認知障害について検討を行っている.この研究では,51名の亜急性期の脳卒中患者を対象にFugl-Meyer Assessmentの上肢項目と認知機能を評価するOxford Cognitive Screenの下位尺度を用いてその関係性を調査している.その結果,上肢運動障害の予後に関して,言語機能,数字の処理能力,空間認知の障害を有する対象者が,上肢運動障害の回復において,負の因子となりうることが示された.また,Buiらの研究においても,視空間認知機能と遂行機能がパフォーマンスに大きな影響を与えることがわかっている.
多くの研究の結果からも,視空間認知機能が上肢運動障害に対するリハビリテーションプログラムに影響を与えうることは,療法士の臨床上の経験からもある程度予測ができたかもしれない.しかしながら,それらに加えて,言語機能,数字の処理能力(注意機能か言語機能の低下に派生するものかどうかは判断ができないが),遂行機能が上肢の運動障害の回復に影響を与えたと言った点は興味深い.特に,遂行機能をはじめとした前頭葉機能については,機能回復過程における運動学習などに大きな影響を与えることは,想像に易いとこではある.これらの結果から,脳卒中後の上肢運動障害におけるリハビリテーションプログラムを遂行する上で,視空間認知機能の他にも認知機能が影響を与える可能性は少なからず存在するため,それらを鑑みた対象者の評価が必要であることが示唆された.
引用文献
1.Chen C, et al. The interaction between neuropsychological and motor deficits in patients after stroke. Neurology 2013, 80, S27–S34
2.Everard GJ, et al. Is cognition considered in post-stroke upper limb robot-assisted therapy trials? A brief systematic review. Int. J. Rehabil. Res. 2020, 43, 195–198.
3.Leem MJ, et al. Predictors of functional and motor outcomes following upper limb robot-assisted therapy after stroke. Int. J. Rehabil. Res. 2019, 42, 223–228.
4.Aprile I, et al. Influence of cognitive impairment on the recovery of subjects with subacute stroke undergoing upper limb robotic rehabilitation. Brain Sci 11: 587, 2021
5.Bui KD, et al. The impact of cognitive impairment on robot-based upper-limb motor assessment in chronic stroke. Neurorehabil Neural Repair 2022, online ahead of print.
<最後に>
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